医者が患者をだますとき


お わ り に
新しい医者を求めて

 健康は医者に始まり医者に終わるものではない。 医者はその中間に位置し、しかもその役割はきわめて重要である。
 実際、医者が重要な役割を果たしたからこそ、現代医学は今日の権力を得たのである。
 新しい医学に関る新しい医者は、医学教育を受けたから存在するのではなく、医学教育を受けたにもかかわらず存在する。
 この考えに基づいて、私は多くの同僚とともに新しい医学部の構想を練り上げた。
 そのビジョンをこれから示そう。

 新しい医学部は基礎医学と臨床医学だけでなく、コミュニケーション能力も重視する。 医学生は、人間の行動が健康と病気にどう影響をするのかを学ぶだけではない。 コミュニケーション能力を身につけて地域の人びとと円滑に意思の疎通を行い、そのかかわりの中で医者と患者がどういう影響を受けるのかを学ぶ必要がある。

 新しい医学部には倫理学の講座も設置される。 地域社会の倫理は、平均寿命、乳児死亡率、罹病率(りびょうりつ)、医療の質という観点から人びとの健康を大きく左右すすからだ。 道徳性豊かな社会制度は良質の医療を提供するが、道徳性の欠如した社会制度では、人を死に至らしめるような劣悪な医療しか提供できない。 この学科ではユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、仏教などのさまざまな論理体系から治療の有効性を考査する。

 新しい医学部では医原病という重要な学課も学ぶ。 医療がどのように病気と障害を作り出しているか、なぜ医療が健康に害を及ぼすのか、先端医療が患者にどういう害を及ばすかを解明する。

 現代医学の医学部が専門医の養成を推進するのに対し、新しい医学部では一般医の養成を重視する。 新しい医学部は治療に関する考え方を幅広く学習する。 医学生は医者による講義だけでなく、整骨療法、カイロプラクティス、自然療法の専門家や栄養士による講義も受ける。 新しい医者は、こうした代替医療と正しい栄養学を机上の空論としてではなく、実践的な研究として学ぶ。

 現代医学の医学教育は数年ごとに時代遅れになるが、新しい医学教育ではそういうことにはならない。 現状では医学教育の五割から九割が間違いか、時代遅れか、見当違いのいずれかだから、こういう無意味な教育をやめれば、診断と予後の原則という本当に大切なことをじっくり教えることが出来る。

 新しい医学部は、現状医学とは異なるタイプの学生を選抜して新しい医者の養成を目指す。 現状では、優秀な医学生ほど成功への強迫観念に取り付かれている。 その結果、現代医学の医者は、医学本来の使命を見失い、人体のさまざまな生理現象を抑える対症療法のために医療技術を駆使し、患者の体を崩すという弊害を生んでいる。

 新しい医学部では得点を競うテストを重視しない。 求められているのは、患者と一緒に過ごすことに関心を持つ人物であり、患者に何らかの治療を行うことを使命とする人物ではない。 自尊心が乏しく精神的に不安定な学生は、新しい医学には適してはいない。 このタイプの学生は仲間と争い、自分の地位を守ることによって存在価値を証明しようとする傾向が強いが、それは自分にも患者にも害を及ぼしかねない。

 医者の集団にありがちな病理を避けるため、新しい医学部は新しい医者の家族を支えようと配慮する。 医学生は血の通った人間として、治療する側とされる側の両面から医者という職業を認識すべきだから、結婚して家庭を持つことが望まれる。

 地域社会の文化は、そこに暮らす人々の健康と病気に必ず影響を与える。
 だから、新しい医者はその地域社会に根ざした医療を実践する。


医学の第一鉄則


 数年前、私はある大学の医学部から新入生歓迎のスピーチを依頼された。 私が選んだテーマは「医学部で生き残る方法」だった。 主な内容を紹介しよう。

 「家族を大切に、医学部に入る前から親しかった人たちとはこれからも親しく付き合いなさい。
  医者になることを目指してない人たちと、今までどおり親しく交際しなさい。
  勉強ばかりが能ではない。 成績優秀者を目指すな。
  医学部では、意思に反して退学させられることはめったにないから、授業はうまく乗り切ればいい。
  自分を磨くために時間と労力を投資しなさい
  新しい領域を切り開く努力をしなさい」

 私がスピーチを終えると、医学部長があわてて立ち上がり、新入生にこう言った。
 「今のスピーチには基本的に賛成だが、一つだけ付け加えておく。
  諸君は医学部に入学したのだから、
  生活を一新する必要があることを忘れないでほしい」

 新しい医学の医学生は、現代医学の医学生とは違った方法で教育される。 新しい医学部は積極的に医学研究に取り組む場であり、受身の姿勢で授業に出席する場ではない。 若者たちが卒業して新しい医者になったとき、現代医学の医者とは明確な違いが見て取れるだろう。

 私と同僚の有志たちは新しい医学の構想を推進するため、全米の多くの医学部を訪問して意見を交換した。 ある新設の医学部を訪問したときのことだ。 数々の業績を見せてもらったあとで、そこの理事会の人たちに「貴校の卒業生とハーバード大学医学部の卒業生との違いは何ですか?」とたずねた。
すると、「本校の卒業生はハーバード大学の卒業生と質的にまったく同じです」という答えが返ってきた。

  私たちはこの医学部からは何も学ぶことはないと判断し、その場を立ち去った。
  新しい医者は、現代医学の医者とは違っていなければならないのだ。
  新しい医者の第一の鉄則は

              患者に害を及ぼすな    である。


 


 メンデルソン博士の主張は、おおむね次の三点に集約されます。

 @ 現代の医者の大半が添付文書の警告を軽視しているため、
   「処方は医者の管理下で使用する場合に限って安全である」という医療の大前提が虚構である。

 A 現代医学は薬剤と機械と技術については高度に発達しているが、
   方法論に重大な欠陥があるために
   健康の維持・増進にはあまり役立っていない。

 B 生物学の法則である自然の摂理に反した治療法や育児法が災いし、
   結果的に副作用や後遺症という形で新たな病気を作り出している。

 ただし、博士は医療を全否定しているのではなく、
 救急医療が人命救助に貢献していることを高く評価しています。
 その上で不要な治療を指摘し、
 病気や怪我を治す主体として生命体に宿る自然治癒力を重視した医学を提唱しています。



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